本日はホテルを9:30頃にチェックアウトしました。 昨日も少し気になったのですが、このホテルのそばに、源義経の妻子のお墓があるんだとか。 しかも後で分かったのですが、最初に行こうとしていた金鶏山ってもうホテルの目と鼻の先・・・
というよりホテルが金鶏山の中腹に建っていたのでありました。 最初インターネットで調べたときは、金鶏山は周囲から見るだけなのかなと思っていたのですが、この距離ならば金鶏山の頂上まで行けそうな気がしてきました。
ということで、まずはホテルを出て徒歩5分弱で義経の妻子のお墓に到着。 更にその先に金鶏山の頂上がありました。 義経の妻子のお墓まではホテルから50m。 義経の妻子のお墓から金鶏山の頂上までは220mとありましたので、これならいけそうな気がしてきました。 あとは管理人の心臓がどこまで破裂しないで持つか!?にかかっております! |
![]() ここが義経妻子のお墓の場所です |
![]() 何かもの悲しさを感じる佇まいですね |
おぉ、こちらが義経さんの奥方と御子のお墓ですかぁ。。。 以前大河ドラマの「鎌倉殿の13人」でも義経さんが妻子を刺す場面をやっておりましたが、何か少し物悲しい気持ちになりますね。。。
特に義経さんはその前に静御前との別れなどもありますので、何か無念が大きかったのではないかなと思いますよ。 どうせなら義経さんのお墓の近くにしてあげればよかったのにね。。。
でも色々な説があって、晩年はあまり義経さんと仲が良くなかったという話も聞いたことがありますので、なかなか上手いこといかないですね。
近くの看板に説明が記載されておりましたのでご紹介します。 「源頼朝の威圧によって藤原泰衡が高舘に義経公を襲った。 義経公は北の方と幼児を殺害し、自害したと伝えられる。 時は平安時代の文治5年(1189)閏4月30日。 31歳で最後を遂げられた。 このお墓は、高舘で悲しくも露と消えた妻子の墓と伝えれているが、もとは千手院境内で、ここから約300mほどの西北金鶏山の山麓にあったが、ここに墓石を遷し供養を怠らない。」 |
![]() お墓のすぐそばに千手堂がありました |
義経さんの奥方と御子のお墓のそばに古びたお堂がありました。 こちらが先程も出てきた千手堂なんでしょうかね。 近くの看板には「千手堂内に安置してある諸佛 ・御本尊千手観音安置 ・弁財天尊(十六童子)安置 ・藤原三将軍のご位牌 ・愛染明王像 ・不動明王像」と記されていました。
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![]() いきなりすんごい坂・・・ |
義経の妻子のお墓から220mとあったので、このくらいなら管理人でも大丈夫でしょう。。。 と思っていたのですが、実際に頂上に向かってみると、ものすごい急勾配・・・ 最初はゆっくりと上っていたので特に息が乱れることもなかったのですが、
登るごとにどんどん勾配がきつくなっていきます。 途中からは後ろ向きで歩いたり、仙人歩きをしたりして、よ〜やくたどり着くことができました。 でも頂上まで2〜3回は心臓破裂したね。
ここにも看板で説明が書いてありました。 「金鶏山には沢山の伝説が伝えられています。 その多くは、奥州藤原氏歴代当主が、平泉の鎮護を目的とし、黄金の鶏を埋めたというものです。 金鶏山は山頂から多数の壺が見つかったことにより、お経を埋めた経塚山だったことが判明しました。 黄金の鶏は発見されませんでしたが、金鶏山は聖なる山であり、平安時代以来、平泉を見守ってきたようです。」 |
![]() なんとか登頂しました! 頂上にはこれしかありませんでした>_< |
心臓が破裂しながらもようやく頂上に登頂することができました。 頂上には直径20m位の広がりと、中心部には祠のようなものがありました。 後で調べてみると、こちらは教塚っていうんですね。
教塚ってあまり聞いたことがないのですが、経典を土中に埋納した塚のことなんだそうですよ。 また仏教的な作善行為の一種で、経塚を造営する供養のことを埋経というそうです。
パッと見は、小さな粗末な祠に見えてちょっとショックでしたが、非常にありがたいものだと再認識いたしました。
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![]() 周囲には何もありません・・・ |
![]() 「西」氏が久々にTシャツを中尊寺でご購入〜 |
金鶏山は中尊寺と毛越寺のほぼ中間に位置する円すい状の山。 奥州藤原氏がその山頂に経塚を営んだ信仰の山です。 経塚には「平泉を守るため黄金の鶏を埋めた」や「北上川まで人夫を並べ、一晩で築いた山」などの伝説が残っています。
松尾芭蕉が『おくの細道』の中で、「秀衡が跡は田野となりて、金鶏山のみ形をのこす」と記した、数々の伝説に彩られた山です。 by ひらいずみなび
金鶏山、東麓には蔵王権現堂跡の伝承を持つ「花立廃寺跡」があります。 世界遺産委員会は「平泉」の登録決議文に、平泉の浄土庭園のうち、毛越寺・観自在王院跡・無量光院跡の3つが、神聖な山である金鶏山に焦点を合わせていることから、その存在を平泉の大きな特徴として高く評価しています。 |
![]() 下山前に教塚前で集合写真を撮っておきました^^ |