久 保 田 城 跡

稲庭うどんでお腹が満ちましたので、さっそく観光に参りましょう。 最初に訪れたのは「久保田城跡」です。 今回の旅行で最初のお城です。 こちらの久保田城跡はこれまた管理人の大好物の「日本100名城」の一つに数えられているお城なんですよ。  今回の旅行では「岡」氏がお城をたくさん入れてくれたので、管理人も大興奮! 当HPの「日本100名城」のコーナーも大分埋まりそうです。

先ほどの稲庭うどんの「寛文五年堂」さんからはそんなに離れておりませんで、お店からお城まで徒歩10分で到着します。 なので、車はそのまま停めっぱなしにして、お店から歩いて久保田城に向かうことにしました。  地方あるあるなんですが、大体県庁とか市庁舎がある地域にはお城があるもんなんですよね〜。 ちなみに久保田城は「日本100名城」の一つなのですが、今日、この後にも行く県名がついた「秋田城」は「続日本100名城」になっているんです。  なんとなく格式としては「日本100名城」のほうが「続日本100名城」よりも上のような気がしてしまうんですが、県名がついている秋田城よりも久保田城のほうが格式が高いのでしょうかね。



〜 久 保 田 城 跡 に 入 城 ! 〜


お堀を渡りますと「久保田城跡」の石碑が立っています

こちらの久保田城跡はかつての城跡になりますが、周辺はかなり都会の雰囲気があります。 城のそばには県庁舎や市庁舎があることが多いですが、やはりこの近くには秋田県庁が建っておりました。  お城の周りには堀が巡らされており、堀にかかる橋を渡ると「あきた芸術劇場ミルハス」「秋田市文化創造館」という近代的な施設があります。 芸術劇場では何かイベントも開かれていたようですね。  こちらの建物を通り過ぎると、その先が公園のようになっていて城跡に入っていくようになります。 ちなみにこの城跡一帯は現在は千秋公園として存在しています。   


寛文五年堂から向かうと大手門の堀に到着します


かなり立派な水堀になっています

先程の寛文五年堂から向かいますと、正面に広い公園のようなものが見えてきます。 城跡はお堀で囲まれておりまして、この堀を渡ると千秋公園に入ります。 今日は平日だったこともあって観光客はそんなに多くはなかったですね。  元々、新幹線で降りた秋田駅周辺もほとんど人がいなかったしね^^; お堀を渡って直進しますと、千秋公園の石銘板が見えてきます。 千秋公園はかなり広くて、全部を見るとスケジュールに影響しちゃうので、今日は見る目標を決めて廻ることにしました。  まずは城主でもあった佐竹義堯さんの銅像と、復元された御隅櫓を見て行きたいと思います。  


千秋公園に入る前に園内の案内図があります。結構園内は広いですね

久保田城は秋田県秋田市千秋公園近辺にあった日本の城です。 史跡指定はされていませんが、「千秋公園(久保田城跡)」として秋田市指定名勝に指定されています。  また日本100名城の第9番に選定されています。 矢留城、葛根城とも呼ばれており、江戸時代後期から明治時代の公式文書では「秋田城」と書かれることも多くありましたが、古代に出羽国府が置かれた秋田城とは所在地ともに別の城となっています。 

石垣は基底部に僅かにあるのみでその上に土塁を盛られており、天守も持たず塁上に「出し御書院」または「御出書院」と呼ばれる櫓座敷を建ててその代わりとし、他に8棟の櫓を建て並べていたそうです。  石垣が無いのは幕府に遠慮したためと言われますが、佐竹氏の旧領常陸国を含む東国ではもともと石垣を用いない築城法が一般的であったため、石垣作りに精通した者が家中に居なかったという説もあります。  なお天守については、寛永10年(1633年)の火災以前には天守に相当する「御三階櫓」があったという説がありますが、この時期の城内を描いた絵図などは残されておらず、確証は得られていません。

1880年(明治13年)の大火で城内の建造物はほぼ焼失しており、市街再建の過程で堀の多くも埋め立てられ、城下の中通を中心に秋田県初期の官庁街へと姿を変えました。  城郭に関する建造物としては、前述の大火を逃れ、かつ解体も移築もされなかった「御物頭御番所」が現存し、市の有形文化財(建造物)に指定されています。  また本丸新兵具隅櫓(御隅櫓)が再建されていて、本丸表門も木造復元されており、松下門・黒門についても木造復元計画があります。  移築された建造物としては、焼失を免れた裏門が楼門から平屋へと改修を受けた上で旭北寺町の鱗勝院に現存しています。 by 秋田市HPより  


千秋公園の石銘板です

堀を渡ってすぐのところにあった「あきた芸術劇場ミルハス」「秋田市文化創造館」を通り過ぎますと、少し坂になっている道が見えてきます。 坂の入り口には「千秋公園」と書かれた石碑があります。  ここを登っていくと、本丸のほうへと続くようです。 坂が急でないことと、短いことを祈ります。 実際、この坂はそんなに長くはなくて、この坂を抜けると二の丸跡に到着しました。  もしかしたら「千秋公園」の石碑があった付近は三の丸だったのかもしれませんね。

久保田城は、関ヶ原の合戦のあと、慶長七年(1602)に出羽国へ国替えとなった佐竹氏二十万五千八百石の居城です。 秋田藩主佐竹氏は、源氏の流れをくむ名門であり、全国でも古い歴史を持つ大名です。  築城は慶長八年(1603)年5月に開始され、翌年の八月には初代藩主佐竹義宣が久保田城に入り、旧領主秋田氏の居城であった湊城は破棄されました。  しかし、義宣が湊城から居を移した後も城普請は続けられ、完成したのは寛永八年(1631)頃といわれています。  関ヶ原の合戦のあと、秋田に転封された佐竹義宣は久保田の地、神明山(現在の千秋公園)に新たに城を築き、城下町を建設しました。  以来、秋田市は久保田城下町を中心として近世・近代都市として発展してきました。 by 秋田市HPより  


〜 二 の 丸 に 到 着 ! 〜


二の丸跡に到着しました


この城の二の丸は結構広かったです


二の丸の端のほうに池もありました


二の丸の売店でソフトクリーム第1号です!

坂を登り切りますと、広がりが見えてきますよ。 こちらは二の丸跡です。 二の丸はかなり広くて写真で撮影した範囲だけでも相当広いです。 写真の更に左側も二の丸なので、面積は相当ですね。  こちらの二の丸跡には、「秋田犬ふれあい処」ってなところがありまして、秋田犬に触ったりできるそうですよ。 もちろん管理人は大の犬嫌いなので、こちらはスルーです!!  その代わり、秋田犬ふれあい処のすぐそばには売店がありまして、この軒先に見慣れたソフトクリームの置物が! これは秋田・山形旅行初のソフトクリームタイムではないでしょうか!  店先にあったソフトクリームのメニューを見て、スジャータではないことを確認。。。OK!! 更に味付けはハチミツなんだって。 ハチミツのソフトクリームは初めてかもしれません。  メニューとしては、バニラ、ミックス、ハチミツソフトの3種類。 「岡」氏はバニラを、「西」氏はハチミツソフトを、管理人はミックスをご注文〜。 一口頂きますと、ホントにハチミツの味がします!  これはなかなかまいう〜ですね! 甘いバニラと少し独特なハチミツ味はかなり相性が良いと思いましたよ。 こりゃ、まいう〜  


彌高神社の鳥居が見えてきました


こちらが本殿でしょうか。厳かですね〜

二の丸跡を歩いて本丸を目指す途中で、鳥居が見えてきました。 せっかくですから、ここでお参りをしていきましょう。 こちらの神社は「彌高神社」と言います。  案内板によりますと、彌高神社は明治42年(1909)に、国学者平田篤胤、経世家佐藤信淵の両大人を祀る神社として創建され、大正5年(1916)現在地に移築したものだそうです。  この社殿はもと久保田城内にあった佐竹氏の氏神八幡神社の正八幡社で、文政2年(1819)の建造とのことでした。 今回の旅行の初お参りです。  


〜 御 本 丸 に 到 着 ! 〜


御本丸跡に到着しました


二の丸も広かったけど本丸も広いね


本丸に堀はないけど小川と橋がありました


本丸からの秋田市内眺望です いいね

本丸跡までやってきましたが、ここも相当に広いね。 そして二の丸も木々が茂っておりましたが、本丸も同じように整備されていて、散歩コースとしても良いかもね。  そして標高はどのくらいでしょうか。 恐らく100m位だとは思うのですが、本丸から秋田市内がとてもよく見えました。 久保田城には天守閣はありませんが、これだけ眺望がよければ櫓を複数建てれば、敵襲にも備えられそうですね。  あと、本丸に来るまでの間に、色々「〇〇跡」と書かれた木の標がたっていました。 例えば、二の丸の手前には「松下門跡」がありましたし、本丸でも「多門長屋跡」という標がありました。 こういうのがあると、当時はこうだったんだろうなとか色々思いを巡らせることができて楽しいですよね。  


後で見たら「与次郎稲荷神社」でした


こちらは「八幡秋田神社」です

見学の順番としては、御隅櫓のほうが先だったのですが、御隅櫓を見た後に、またまた神社が現れたので、激写しておきました。 もうここらへんになると、スケジュールが押してしまっていたので、何の神社かあまり確認せずに、写真だけ撮って立ち去ってしまいました^^;  後で地図で確認すると、「与次郎稲荷神社」と「八幡秋田神社」でした。 

「与次郎稲荷神社」は、この地に城を建てた齢三百の狐の頭を祀る神社なんだそうですよ。 城の建設で元々この地に住んでいた狐が初代藩主の佐竹義宣に、佐竹のために働くので、ここに住む地を与えて欲しいと願いでたそうです。  その後、狐は茶園の近くに土地を与えられ「茶園守の与次郎」と呼ばれるようになったそうです。 その後、与次郎は佐竹のために飛脚として活躍したそうですが、それにより職を失った元の飛脚によって殺されてしまったそうです。  与次郎狐の無念の死を哀れみ、義宣公が祠をつくりその霊を祭ったのが、現在の千秋公園本丸に移された与次郎稲荷神社なんだそうです。

また「八幡秋田神社」は、佐竹氏の歴代藩主を祀る神社として、平成20年に再建されたものだそうですよ。 ちゃんと知って見学しないとダメよね^^;  


〜 佐 竹 義 堯 銅 像 〜


佐竹義堯さんとご対面です

本丸に到着して、今回見学の目標としていた佐竹義堯の銅像が見えてきましたよ。 かなり立派な銅像でありましたので、四方から写真を激写しておきました。

佐竹義堯は、近代秋田を開いた秋田藩最後の12代藩主です。 佐竹義堯を敬慕する旧家臣が中心となって、戊辰の役50年にあたる大正4年(1915)に銅像を建立しました。 残念ながら太平洋戦争のさなかに国の金属回収策のために姿を消してしまいました。  しかしながら秋田市民がこれを惜しみ、昭和28年(1953)に、旧銅像の原型として残されていた小型像を奉安して偲んでいたそうです。 その後、市制100周年(1989)に、その記念行事として完全な姿で往年の佐竹義堯公銅像に復元したものなんだそうです。  


〜 御  隅  櫓 〜


こちらが御隅櫓の正面。。。木が邪魔


木が邪魔なので裏から撮りました^^:

こちらは天守閣のように見えますが、櫓なんですね。 これまで色々な櫓も見てまいりましたが、櫓としては一番立派なような気がしますよ。 たまに櫓と天守の見分けがつかないものもありますが、これもその一つですね。  市政100周年を記念して復原された御隅櫓は本丸の北西隅に位置し、史料に記されている2階造りを基本とした設計で、最上階には展望台が設けられています。 櫓内部では、佐竹氏の歴史を紹介するパネル展示をしています。  ちなみにこの「櫓」とは、見張り場と「矢倉」すなわち武器庫の役割を担った建物のことです。 久保田城内には8つの御隅櫓がありました。  近世の櫓は「隅櫓」と「多聞櫓(多聞長屋)」に分類でき、土塁や石垣などの城郭に沿って設けられた多聞櫓に対して、城郭の隅に作られた櫓は隅櫓と呼ばれています。  


まずは入場券を購入〜 150円でした


1階は資料館になっていますよ


初代藩主佐竹義宣の肖像画です いかついね


歴代の藩主が紹介されていました


最上階からの景色がいいね〜


視線を下にして瓦も入れてみました

櫓の前まで来ますと、どうやら中は資料館になっているようです。 また櫓の最上階まで行けて、展望台の役割も担っているようです。 櫓の中は撮影はOKだったようですので、もう写真ばしばし撮っちゃいましたよ。  もう文章などは読まずにひたすら写真を撮る感じね。 もうちょっと自分の目で見ながら歩けばいいのにねって、いつも思うのですが、写真を撮っておけば後で見ることもできるから、と写真ばかり撮ってしまうんですよね。  時間も掛かっちゃうので、写真+自分の目で見る、ってのはなかなか難しいのよね^^;  


〜 久 保 田 城 表 門 〜


こちらが一ノ門の表面です


こちらが裏面になります


一ノ門を出たところに一軒家(?)があります


この一軒家の建物が御物頭御番所でした

こちらは久保田城の正門で、一ノ門とも呼ばれていたそうですよ。 ホントはこっちから入るのが正解だったみたい^^;  本丸の玄関口として警備上から重要な地点とされており、南側には門の警備と管理をする「御番頭局」、門の下手には侵入者を警戒する「御物頭御番所」を置いて厳重な守りを固めていました。  この門は、絵図などの文献資料や発掘調査の成果をもとに再建したもので、構造は木造2階建て瓦葺きの櫓門で、二十万五千八百石の正門にふさわしい壮大なものとなっています。  


〜 バ バ ヘ ラ 〜


姉さんがアイスをこさえてくれています


こちらがババヘラアイスです まいう〜

いや〜久保田城は天守閣こそなかったけれど、御隅櫓とか佐竹さんの銅像とか、数々の神社など見所がありましたね〜。 ではでは次の目的地の秋田城跡に向かいますか! でもその前に・・・ 実は千秋公園の入り口付近で ババヘラアイスを売っているのを行きに見つけたんですよ。 行きにはご注文はしなかったのですが、帰りにど〜しても我慢できず、「岡」氏と管理人はご購入〜。 「岡」氏はこれが初ババヘラとなります。  管理人は以前、秋田県の角館に行ったときに、一度ババヘラアイスを食しています。 結構そのときの印象が強く残っているんですよね〜。 ババヘラアイスは「おばばがヘラを使ってアイスを作ってくれる」ことからついたのかな!?  日傘を立てて、アイスが入った寸胴のようなものがあります。 そして販売の姉さんは、日焼け対策なのか、顔や体を衣で纏い、重装備。 ババヘラをご注文すると、おもむろに寸胴の蓋をあけ、丁寧にコーンにヘラでアイスを盛ってくれます。  ババヘラは白とピンクのシャーベット状のアイスで、それをヘラでバラの花のように盛り付けてくれます。 以前食したものと全く同じですよ。 懐かしい〜。 そして一口・・・ おお〜! んまい〜!  これは何の味なんだろうね。 柑橘系でもないし、ブドウっぽい感じもするし。。。 でも非常にまいう〜なんです。 特に久保田城の中を歩き回って暑かったので、丁度よい感じ。 これはまた秋田に来たらいただかなければいけませんね!  


こちらが堀の中を歩く遊歩道です


遊歩道の両脇はハスだらけ

千秋公園入り口のお堀は不思議な景色が広がっています。 堀を渡る橋の左側は水のお堀があるだけなんですが、右側にはお堀の一面をハスが埋め尽くしています。 そして、そのハスを愛でるために、遊歩道のような歩道が整備されていました。  これはなかなかの景色ですね〜。 管理人の田舎ではハスを栽培していて、よくハスの実を食したものですが、その際に腹を下した記憶も・・・ 今日のハスにも実がいくつか残っていたので、ちょっと食べてみたい気もしたのですが、まだ旅行初日なので、ここで腹を壊したら一大事!  今日は勘弁してやりましたよ。 でもこのハスの森の歩道はハスに覆われた景色がとてもよく是非一度は歩いていただきたいと思いますよ。 華が咲いていると一番良いのですが、時期じゃなかったのかな^^;