旧横須賀鎮守府司令長官官舎(田戸台分庁舎)


再び横須賀に住むようになってあと少しで4年が経とうとしています。 管理人が以前横須賀に住んでいたのは28歳までなのですが、そのときはあまり横須賀の遺跡や遺構については興味がなかったため、今回ご来店した場所も初めて知りました。  横須賀と言いますと、現在も軍港の街、とか黒船来航の街、などというイメージがありますよね。 明治維新後は横須賀は造船所なども発展し、また軍港としても発展を遂げてきました。  また横須賀港の造船所以外にも戦艦大和を造船した横須賀海軍工廠なども別場所(現在はもうありません)にあったりと、戦中、戦後も海軍、海上自衛隊やアメリカ海軍など軍と共存しています。  そういう歴史もあって、横須賀には海軍にまつわる遺構が現在でもいくつも残されています。 一番有名なのは、東京湾で唯一の無人島の「猿島」ですね。 ここには本土防衛のための砲台跡などが今でも残っています。  また第二次世界大戦中は、横須賀は海軍基地であるとともに、横須賀鎮守府も置かれていまして、それにまつわる遺構も現在までに残っています。 今回は海軍の横須賀鎮守府の司令長官官邸が2日間限定で一般公開されていましたので、見学に行ってまいりました。 

旧横須賀鎮守府司令長官官邸は、京浜急行電鉄の「県立大学」駅、昔から横須賀に住んでいる人は「安浦」駅と言ったほうが分かりやすいかもしれません。 こちらの駅から徒歩10分位のところにあります。 建物は県立大学駅の裏手の小高い山の上にありまして、 ここからは東京湾を一望することができます。 こちらのイベントは春と秋と年2回開催されているようですので、一度見学するのも良いのではないでしょうか。


〜県 立 大 学 駅 に 到 着〜

まずは京浜急行電鉄で「県立大学駅」に参ります。 こちらの駅は各駅停車の列車しか停まらないので、実は管理人の実家から車で15分位と近いのに、1度もこの駅を利用したことはありません。  確か高校生のころに友人が住んでいて、何度か遊びに来たことがあるような記憶もあるのですが、そのときは自転車か車での移動だったような気がします。 なかなかこの駅には用事がないので、もしかしたら駅を利用するのはこれが最初で最後かも!?


こちらが県立大学駅の正面です


快特が駅を通過・・・



〜旧 横 須 賀 鎮 守 府 司 令 長 官 官 舎〜
(田 戸 台 分 庁 舎)

駅から緩い上り坂を進むこと約10分で田戸台分庁舎に到着します。 立派な門がありまして、その先が分庁舎になっているのですが、その門の前にも遺構らしきものがありましたよ。 一体これはなんなんでしょう。  こんな建造物は今まで見たことがないですよ。 も次回トンネルとでも言うのでしょうか。。。 インターネットで調べてもみたのですが、探し方が悪いのか全然ヒットしません。 でもかなり歴史のある建造物なので、きっと分庁舎と同じ時代のものなのではないかと思っています。


謎の建造物。 ご存じの方がいらしたらご一報を

謎の建造物を通り過ぎると、約10秒で分庁舎の門が現れます。 造りはそれほど凝ってはいないですが、旧司令長官の官舎だと思うと、何か重厚な雰囲気を感じざるを得ません! 

先程から「横須賀鎮守府」という言葉が出てきていますが、そもそも「鎮守府」とは何かということですが、戦時に出征の準備、防御の計画、海軍区の警備並びに所轄諸部の事務を監督する海軍の機関のことなんです。 戦闘をする人ではなく、裏方さんのような感じでしょうかね。  横須賀鎮守府も有名ですが、他にも呉鎮守府、佐世保鎮守府、舞鶴鎮守府がありました。 鎮守府の司令長官は天皇に直隷し、部下の艦船部隊を統率し、海軍大臣の命を受けて軍政を行い、作戦計画に関しては 軍令部総長の指示を受けることになっていました。  その下に参謀長、参謀、副官、人事長、機関長、軍医長、主計長、法務長等の幕僚がおり、鎮守府所属の各庁・部隊には、人事部・艦船部・経理部・軍需部・建築部・港務部・病院・工廠 ・諸学校及び海兵団・航空隊・警備戦隊・防備戦隊等がありました。


こちらが分庁舎の正面の門です

プレートに「田戸台分庁舎」とあります

門をくぐりますと、そんなにものすごく広くはないですが、庭がありまして、そのわきに歴史を感じる洋館が建っておりました。 これが司令長官官邸だったのですね。 

横須賀鎮守府司令長官の宿舎として1913年(大正2年)に完成し、終戦までに31人の歴代司令長官が居住しました。 戦後は9人の在日米海軍司令官等が居住しました。  1969年(昭和44年)に、防衛庁に移管され、現在、海上自衛隊横須賀地方総監部が管理しています。


分庁舎の門を抜けるとこのような景色です

建物の目の前にやってきました。 補修はしているものの、原型は当時のままと思われますよ。 今日は外からだけでなく、1階部分にも入ることができます。 また1階のロビーでは建物にあるピアノで演奏会も開かれておりました。  まずは建物の外観をグルリと撮影しましたのでご覧ください。 見た目は洋館って感じで、戦時中の面影を感じることができますね。


こちらからは煙突などの構造物が特徴的

少し右に回ると玄関があります

玄関口の風景も良かったですが、更に奥に行って、建物を横から見ると、やっぱりこっちのほうが良い雰囲気が出ていますね。 レンガ造りの部分や、テラスの部分などは現在の住居にはない構造ですもんね。 玄関口から見たよりも、こちらが建物の正面って感じがします。  今回は2階に上ることはできませんでしたが、きっと歴代長官は2階から横須賀港を一望していたに相違ありません。


玄関側の斜めから見るとこんな感じ

ここからの景色が一番良かった

さ〜建物の外観を見学した後は、中に入ってみましょう! 今回は1階の一部分のみ公開しておりまして、リビングルームやダイニングルーム、書斎、和室などが公開されていました。

玄関の感じもいいですよね。 何か横浜の関内にはこのような昔の建物がいくつも残っていますが、あの建物群を思いましましたね。 やっぱり玄関なども造りが独特だと感じました。


玄関から建物に入ります

玄関を入って、最初に来たのはダイニングルームです。 恐らく長官だけでなく客人などが来訪したときなどはここで食事をしたのではないでしょうか。 椅子もすごくお高そうなものでしたよ。  また天井からは上等なシャンデリアがぶら下がり、出入口にはステンドグラスもはめ込んであってゴージャス感を醸し出しています。 建物にはいくつかステンドグラスを使用しているところがありますが、これも貴重なものなんだそうです。


テーブルは結構長いです


片側だけで10人は座れそうです


正面の家具も上等なものでした


書画が飾られていたり、シャンデリアも豪華


所々にあるステンドグラスも見事です


こちらが歴代司令長官です

部屋は各部屋が独立しており、先程のダイニングルームのような洋風な部屋があったかと思えば、和室があったり、書斎があったりと多種多様な部屋がありました。 その部屋をつないでいる廊下がまたちょっといい雰囲気。  赤絨毯になっていますが、こんな赤絨毯の上を歩いたのって、小学生のころに国会議事堂の見学に行った時以来ですよ。


建物内の廊下はこんな感じです

ダイニングルームを出て、廊下を少し進みますと、今度は和室が現れました。 洋風なダイニングルームのすぐ横にこんな純和風な部屋があるとは! ちょっと節操のなさを感じながらも、結構この部屋いいね。  この間、下呂温泉に行った時の宿泊部屋みたいよ。 こちらはゴージャスさよりも落ち着きのある雰囲気に仕上げられていました。


和室の雰囲気はこんな感じ


8畳+6畳? 連結できる部屋

今日はリビングルームも見学できるはずなんだけどな〜。 と歩いていると、発見しました! なんと今日はリビングルームでピアノのコンサートをしておりました。 玄関を入ってすぐにピアノの戸が聞こえていたんですよね。  部屋は結構広いですが、観客で一杯でしたよ。 中で聴いてみたかったのですが、もう入れる隙間はなし。 しょうがないのでバックミュージックにしながら館内を見学しておりました。 演奏していた曲は、最初はNHKで放送していた「坂の上の雲」の主題歌。  それ以外にも誰でも聞いたことのあるような有名な曲を演奏しておりました。 管理人は坂の上の雲は大好きなドラマだったので、ちょっと感動してしまいましたよ。 丁度坂の上の雲も日露戦争の頃の物語なので、ここでの演奏にはちょうど良い感じですよね。 


大盛況のコンサート

最後に来たのは、書斎部屋です。 ここには色々な展示物もありまして見所満載でした。 書斎の正面には暖炉。 そしてその脇に書斎の机、両脇には旭日旗と日本の国旗。 う〜ん絵になるね。 机の横には銅像もありましたよ。  また平成の天皇皇后両陛下がご訪問されたときの写真などもありましたよ。 この時は戦没殉職船員の追悼式にご参列されたんだそうですよ。

部屋の中には管理人が尊敬してやまない東郷平八郎元帥の書や戦艦三笠の模型、観艦式への招待状(多分本物)など、東郷平八郎元帥にゆかりのある展示物もありました。 


書斎の机、旭日旗と国旗がいい感じです


書斎には鏡付きの暖炉があります


名前を見たのですが誰だか不明でした>_<


管理人が尊敬する東郷平八郎元帥の書です!


連合艦隊旗艦 戦艦三笠の模型も飾ってあります


上皇、上皇后さまの記念写真

いや〜、官邸の中も外もなかなかに見ごたえがありましたね。 お次は庭のほうに出てみましょうか。 庭も綺麗に整備されていますよ。 きっと昔は地面は土だったんだと思いますが、現在は歩くところは舗装されています。  また庭の先には東京湾を一望できるところもありましたよ。 きっと大東亜戦争中には司令官がここから横須賀の軍港を眺めていたことでしょう。 当時は軍艦なども浦賀水道を行き来していましたし、 今は東京湾には第二海堡しか残っていませんが、昔は第1〜3の海堡がありました。 きっとここからもそれらが見えたのではないかと思いますよ。 


東京湾の眺め


庭の紅葉もあと少しで見ごろです


司令官用の防空壕もまだ残っていました

なかなか今回も見ごたえのある見学会になりました。 横須賀では軍港めぐり、アメリカ軍基地の一般公開、浦賀ドッグの見学会、砲台跡見学会など色々なイベントがありますので、これからも色々ご来店したいと思います。