あ し か が フ ラ ワ ー パ ー ク


本日は栃木県足利市にやってまいりました〜。 栃木は何度か旅行で訪れていますが、足利市は初めての土地になりますね。 今回は藤の花が満開だということで、「あしかがフラワーパーク」というところにやってきたのでありました。  こちらの施設は元々1968年に開園した「早川農園」が前身で、都市開発のため1997年に現在の足利市迫間町に移設し「あしかがフラワーパーク」としてオープンしたそうです。 園のシンボルは大藤です。 園内にある大藤4本と白藤は 栃木県の天然記念物に指定されているそうです。 見頃は丁度4月中旬から5月中旬の約1ヶ月。 もちろんこの時期の藤の花だけでなく、四季折々数多くの花々で彩られており、一年を通じて楽しめる工夫がされているそうです。

出発前にNAVITIMEで調べてみると、高速道路を使用して自動車で約2時間の道のりとのこと。 2時間ならばあっという間だね^^ と思っていたのですが、出発間もなくの東名高速でいきなりの渋滞に・・・ 横浜青葉ICから東名高速に乗り、 東名川崎ICに到着するころにはすでに渋滞に・・・ ここから18kmの渋滞だって>_< 途中何度もめげそうになりましたが、なんとか渋滞区間を突破しました。 首都高速3号線を抜けると後はスイスイです。 今回は3時間ほどかかりましたが、 あしかがフラワーパークはそれだけしても行く価値がありましたよ。


あしかがフワラーパークは東北道の佐野藤岡ICで降りて、一般道を走ること約20分少々。 最初は自動車もまばらだったのですが、あしかがフラワーパークが近づいてくるにつれて車の数が増えてきましたよ。 最終的には、 一般道を右折してフラワーパークに到着するのですが、この右折の交差点では大渋滞を引き起こしていました。 平日だしそんなに来園者はいないだろうと思っていたのですが、予想外に大混雑していましたよ。  でも今日はまだいいですが、ゴールデンウィークなんて車は動かないくらいの渋滞になるんでしょうね〜。

園の駐車場すべて無料。 しかも駐車場が広大ですよ。 見渡す限り砂利の駐車場ですが、後から後からどんどん車が入ってきますよ。 後で気づいたのですが、我々が停めた駐車場は臨時駐車場だったんですって。 通常の駐車場は とっくに満車状態に。 すごい人気なんですね。

臨時駐車場から徒歩約10分弱で西ゲートに到着しました。 入口は中央ゲートと西ゲートの2箇所の模様。 すでにチケットを購入するお客さんであふれかえっていますよ。 こちらの入場料のシステムはちょっと変わっているんです。  入場料が花の開花状況で変るんですよ。 花があまり咲いていない時期は安いのですが、花が見ごろになると値段が上がっていくんです。 最高額は1,800円。 前日に園のHPを見たときは1,700円だったのですが、 今日はいくらかな〜!? あ〜1,800円になってる〜>_< まぁそれだけ花が見頃なんでしょうね〜。




ゲートをくぐりますと、いきなり大きな藤棚が現れました。 こちらは「大長藤」と名付けられていました。 藤だなの下を歩いてみますと、淡い紫の天井が非常に綺麗ですね〜。 お恥ずかしながら管理人は藤の花がどのように咲いているのか 知らなかったのですが、藤棚の中央には大きな幹があって、そこから枝分かれした枝の途中から藤の花が咲いているのですね〜。 桜と同じような咲き方なんですよ。 枝は非常に長く、鉄の棚が張り巡らされており、その上に枝が乗っている感じでしょうか。  花の部分は小さな紫色の花が何個も連なって咲いています。 いや〜遠くから見ても、近くから見ても見事なものですね〜。




藤の花に見とれていますと、少し離れたところに「ソフトクリーム」の文字がっ!! こここれは早速頂かなければなりません! こちらのソフトクリームは「藤ソフト」っていうんですって。 これはどのような味がするのか非常に楽しみですね。  1個400円と観光地にしてもちょっとお高め。。。 でも結構並んでいますよ。 全体的な客層が高齢の方が多かったのもあって、ソフトクリームの列に並んでいるのもほとんど高齢者でした。 

ようやく我々の順番がやってきました。 ソフトクリームをまずは一口・・・ うん、味は普通のソフトクリームのようですね。 でも何か爽やかなトイレの芳香剤のようなかほりが・・・ 何かでオイニ〜を付けているようですね。  ちょっとトイレの芳香剤感が強く個人的にはオイニ〜はいらないのではないかと・・・m(_ _)m また若干シャーベット感が多いソフトクリームで、ちょっとジェラートのような感じがしないでもなかったです。 でも味はまいう〜でしたよ。




この時期の目玉は何と言っても藤の花なのですが、藤の花にも色々あるんですね〜。 先程の大長藤は淡い紫色をしていましたが、こちらの藤の花は真っ白な花びらでした。 ちなみに手前の赤い花はツツジのようです。 この時期は藤の花と並んでツツジも見事に咲いておりました。 ちなみに、藤の花というと、棚の上に絨毯のように広がったものを思い浮かべますが、まだそんなに大きくない藤はちゃんと桜のような感じで花が咲いているんですよ。 こういう藤の花は初めて見ました。

フジは、マメ科フジ属のつる性落葉木本。 一般名称としての藤には、つるが右巻きと左巻きの二種類がある。 右巻きの藤の標準和名は「フジ」または「ノダフジ」、左巻きの藤の標準和名は「ヤマフジ」または「ノフジ」である。  つるは木に巻きついて登り、樹冠に広がる。 直射日光の差す場所を好む、好日性植物である。 花序は長くしだれて、20cmから80cmに達する。 花はうすい紫色で、藤色の色名はこれに由来する。 他のマメ科植物同様、夜間は葉をすぼめる。 by wikipedia




あーっと! ここでまた食べ物がっ! 園内には色々なところに食べ物を売っている館があります。 レストランなどもありましたが、結構中は混んでいましたよ。 丁度昼時ですしね^^; ということで我々は外で売っている串焼きなどを 頂くことにしました。 ここではソフトくりームを初め、串焼き、団子、うどん、そば等を売っておりました。 今日は朝に途中の蓮田SAで家から持ってきたアンパンを食しただけなので腹ペコです。

今回は「焼きまんじゅう」と「牛串焼き」をご注文〜。 「焼きまんじゅう」のほうは、一見すると団子を焼いた物に見えますが、食してみると、丸いパンに味噌ダレをつけて焼いた物でした。 団子だったらよかったのですが、パンだとちょっとね・・・  でも「牛串焼き」のほうはまいう〜でしたよ。 スパイシーな香辛料をパッと降りかけて焼いてくれているため、牛の味が引き立ちます。


お店の外観


上)焼きまんじゅう 下)牛串焼き


さ〜大分腹が満ちてきましたので、また園内を散策したいと思います。 園内にはあちらこちらに藤の花が植えられていますが、藤の花を色々な形に這わせてドーム状にしたり、スクリーンのようにしたり、色々な形状のものがありました。  夜の部になると、これらをライトアップするそうなんですが、ライトアップされた藤の花もきっと綺麗だと思いますね。 ここでは色々な形状の藤の花をご紹介します。


薄紅の棚


紫藤のスクリーン


藤のドーム


うす紅橋


奇跡の大藤


白藤のトンネル






園内は結構広くて、大分歩き回りましたよ。 すると丁度よいところに「お休みひろば」というエリアがありました。 パラソルとキャンプ用の椅子がいくつもありまして、ここで一休みすることができます。 風がちょうどよく吹いてくれて、 汗まみれの管理人には天国のようでしたよ。 ちなみに今日の気温は車の気温計で29℃に達していました。 あと1℃で真夏日ですよ。 まだ4月だというのにこの暑さ。 夏が思いやられますねぇ。。。^^;



前述の通り、こちらは藤の花だけではありませんで、ツツジの花も最盛期を迎えているようです。 白や赤い花をつけて咲き乱れておりました。 ちょうどフラワーパークの南側には「ツツジの海」と名付けられたエリアがありまして、 小路の両側に色とりどりのツツジが咲いておりました。



いやいやあしかがフラワーパークは見応えが盛りだくさんでしたね。 結局園内には2時間位滞在していましたよ。 せっかく足利市に来たので、あしかがフラワーパークだけでなく、名所をいくつか廻っていくことにしました。  まず最初に来たのがラーメン・・・ やっぱりその土地のラーメンを食さないとね。

今回お邪魔したのはフラワーパークから車で20分位走ったところにある「足利麺」さんです。 ここでは「ひもかわ麺」という特殊な麺を提供しています。 麺の形状がどのようになっているのか分かりづらかったのですが、 恐らくワンタンを大きくしたものが麺として入っているのだと思われます。 もはやこれはラーメンではなく、ワンタンですね^^; でもお味はとてもまいう〜でした。





足利麺で腹いっぱいになりましたので、次は文化的な観光地に参りたいと思います。 それが「足利学校」です。 こちらの学校は日本で一番古い学校なんだそうですよ。 なんと創立が832年。 平安時代ですよ!  こちらの足利学校は近年日本遺産に認定されたんだそうです。

校舎にあたる建物は茅葺の屋根で非常に歴史を感じます。 現在の学校の姿は江戸中期の姿なんだそうですよ。 中には興味深い歴史上の書物や道具などが展示されております。





足利学校の次は「鑁阿寺(ばんなじ)」にやってきました。 鑁阿寺は足利学校の真裏にありまして、徒歩5分で到着します。 こちら鑁阿寺はなんでも足利家宅跡なんだそうですよ。 

鑁阿寺はもともとは足利氏の館であり、現在でも、四方に門を設け、寺の境内の周りには土塁と堀がめぐっており、鎌倉時代前後の武士の館の面影が残されている。 12世紀の半ばに足利氏の祖・源義康が同地に居館(足利氏館)を構え、 1196年(建久7年) 足利義兼(戒名:鑁阿)が理真を招聘し、自宅である居館に大日如来を奉納した持仏堂、堀内御堂を建立。 1234年(文暦元年) 足利義氏が伽藍を整備、足利氏の氏寺となる。 by wikipedia