伊号第六十四(伊百六十二型潜水艦)
伊号第六十四潜水艦は、日本海軍の潜水艦である。 伊百六十二型潜水艦(海大IV型)の3番艦。 竣工時の艦名は伊号第六十四潜水艦。 改名は戦没以後(亡失認定前)であり、伊164としての実際の活動は行っていない。
1923年(大正12年)度計画で建造された12隻の潜水艦のうち最後の3隻である。 伊百六十二型潜水艦の3隻は1929年(昭和4年)から1930年(昭和5年)にかけて竣工した。 前型(海大3型b)との最大の相違は機関をズルツァー式ディーゼルからドイツ・MAN社が設計したラウシェンバッハ式ディーゼルに変更したことである。 その他船体の形状に変更はない。 ただ大きさが全長で3mほど小さくなり、魚雷発射管は艦首4門艦尾2門となり2門の減少、魚雷も2本減少し14本となった。 また水中速力が0.5ノット速くなり8.5ノットとなった。 伊162型は同型艦3隻からなるため、3隻で1個潜水隊を編成した。 佐世保鎮守府に配備されたため、佐鎮の固有番号を与えられて第29潜水隊となった。 昭和5年4月24日に佐世保鎮守府籍の伊61・伊62の2隻で編成。 その後遅れて竣工した伊64を編入した。 昭和16年1月8日に伊61が事故により失われ、残った2隻は太平洋戦争に参加し、マレー作戦に参加した後、主にインド洋で活動したが、戦争初期の昭和17年3月10日に解隊された。 途中予備艦となるが1941年(昭和16年)12月5日に第5潜水戦隊第29潜水隊に属し、三亜を出航。マレー作戦に参戦。 1942年(昭和17年)1月22日、パダン西方600浬地点付近のインド洋で、ボンベイからスマトラへ航行中の蘭貨物船バン・オーバーストレーターへ魚雷2本を発射するも命中せず、浮上して砲撃。 これによりバン・オーバーストレーターは大破し、放棄された。 漂流する同船へ魚雷1本を発射し、撃沈。 1月28日にはインド洋で、英船アイダーを砲撃により撃破。 続く1月29日にマドラス南西15浬地点付近で米客船フローレンス・ルッケンバッハを雷撃により撃沈。 1月30日にはインド東方沖合で印貨物船ジャラタンを砲雷撃により撃沈、1月31日に印貨物船ジャラパラカを砲撃により撃沈している。 同年3月10日に第29潜水隊が解隊され、第30潜水隊に編入した。 3月13日にはマドラス北東150浬地点付近で、コロンボからカルカッタへ航行中のノルウェー貨物船マベラを砲雷撃により撃沈。 5月17日、九州南方沖で司令塔に日の丸を掲げて浮上航走中、米潜水艦トライトンに発見される。 トライトンは日の丸に照準を合わせて魚雷を発射。 魚雷の命中を受け、艦体の一部は30メートルも吹き飛んだあと、艦尾から沈没。 生存者が周辺に漂流していたが、トライトンは15日に撃沈したトロール船船員を収容していて余裕がなく、救助はしなかった。 そのため、艦長の新名嘉雄少佐以下81名全員が戦死した。 5月20日、伊号第百六十四潜水艦に改名。 5月25日に四国南方で亡失と認定され、除籍となった。 |
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艦 歴 |
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起工 | 1927年3月28日 |
進水 | 929年10月5日 |
就役 | 1930年8月30日 |
戦没 | 1942年5月17日 |
除籍 | 1942年7月14日 |
母港 | 佐世保 |
仕様・諸元 |
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排水量 | 基準排水量:1,635 t 水中排水量:2,300 t |
全長 | 97.70 m |
全幅 | 7.80 m |
喫水 | 4.83 m |
機関 | ラ式2号ディーゼル2基2軸(水上:6,000馬力、水中:1,800馬力) |
最大速 | 水上:20 ノット 水中:8.5 ノット |
航続距離 | 水上:10kt 10,800 海里 水中:3kt 60 海里 |
乗員 | 58 名 |
兵装 | ・40口径十一年式12cm単装砲 × 1門 ・留式7.7mm機銃 × 1挺 ・53cm魚雷発射管 艦首 × 4門、艦尾 × 2門 |
安全潜航深度 | 60 m |