夕張(夕張型軽巡洋艦)
夕張(ゆうばり)は旧日本海軍の軽巡洋艦である。同型艦はない。艦名は2等巡洋艦の命名慣例に従って、北海道に流れる石狩川の支流である夕張川にちなんで名づけられた。
1923年7月竣工。設計は平賀譲ら。当時の不況の中での海軍予算の逼迫により、球磨型をはじめとする5500トン型軽巡洋艦と同等の戦闘力をできるだけ小型の艦に詰め込むことを目標とした。 そのため、3,100t の小さい船体ながら、集合式煙突や連装主砲搭の採用、兵装の中心線配置などで目標をクリアした。 これら今までになかった新機軸は、軽巡洋艦のイメージを一新させ、ジェーン海軍年鑑に特記項目付きで掲載されるなど各国関係者を驚かせた。魚雷発射管は4本だが左右両舷に発射可能。 しかし、小型艦であるため航続力は劣る(峯風型駆逐艦が14ノットで3,600海里に対して本艦は14ノットで3,300海里だった)。小型の船体に重武装・高速性を追求したため船体の余裕に欠け、 大戦後半では防空力強化のため主砲2門を撤去せざるを得なかった。 竣工より1年間は第1艦隊第3戦隊所属であったが大正14年12月1日に第1水雷戦隊旗艦となり、以降ほとんどの期間で水雷戦隊旗艦を務めている。 太平洋戦争開戦時は第4艦隊第6水雷戦隊に所属しウェーク島攻略作戦やラバウル攻略作戦などに参加。 1942年7月10日に第4艦隊第2護衛隊に編入され、第一次ソロモン海戦に参加。その後は船団護衛任務等に就いている。 1943年4月1日に第8艦隊第3水雷戦隊に編入する。7月5日、ショートランド泊地にて磁気機雷を左舷後部に被雷、推進器を損傷して内地に回航された。このため、同日勃発したクラ湾夜戦に 参加出来なかった。 1943年11月24日に敵機の攻撃を受け損傷、翌年1月から3月にかけて修理を実施するがパラオ諸島南西で米海軍ガトー級潜水艦ブルーギル(USS Bluegill, SS-242) の雷撃を受け、4月27日に戦没した。 [同型艦] ・なし |
|
艦 歴 |
|
---|---|
起工 | 1922年6月5日 |
進水 | 1923年3月5日 |
竣役 | 1923年7月31日 |
喪失(沈没) | 1944年4月27日 |
除籍 | 1944年6月10日 |
建造所 | 三菱造船長崎造船所 |
仕様・諸元 |
|
排水量 | 基準排水量 : 2,890 t 常備排水量 : 3,141 t |
全長 | 139.99 m |
全幅 | 12.04 m |
喫水 | 3.58 m |
機関 | ロ号艦本式缶重油専焼大型6基, 同小型2基 三菱パーソンズ式ギアードタービン3基3軸 (57,900馬力) |
最大速 | 35.5ノット |
航続距離 | 3,310海里(14kt航行時) |
乗員 | 328 名 |
兵装(新造時) | ・50口径14cm連装砲 × 2基4門 ・50口径14cm単装砲 × 2基2門 ・40口径7.6cm高角砲 × 1基1門 ・61cm連装魚雷発射管 × 2基4門 ・八年式61cm魚雷 × 8本 ・1号機雷 × 48個 |
兵装(最終時) | ・50口径14cm連装砲 × 2基4門 ・45口径12cm単装高角砲 × 1門 ・25mm3連装機銃 × 3基 ・25mm連装機銃 × 4基 ・25mm単装機銃 × 8挺 61cm連装魚雷発射管 × 2基 ・爆雷投下軌条 × 2条 |
装甲 | ・舷側 :38 mm + 25 mm |