加古(古鷹型重巡洋艦)



 加古(かこ)は、旧日本海軍の重巡洋艦。古鷹型の2番艦である。

 艦名は兵庫県を流れる加古川に因んで命名された。当初は川内型軽巡洋艦の一隻として建造される予定であったが中止となり、その艦名が流用されたため、当時の日本海軍では重巡洋艦には 山の名を付けるのが慣例であったが例外的に川の名が付けられた。

 大正11年度予算での建造が決定した加古は、1924年2月4日に川崎重工業神戸造船所にて起工される。1926年10月24日に進水、1927年7月20日に就役。竣工直前にクレーン事故で船体を損傷したため 古鷹よりも就役が遅れ同級の2番艦となる。1936年7月、近代化改修に入り1937年12月に完了。その後第1戦隊、第6戦隊に所属。太平洋戦争開戦後はグアム島攻略、ラバウル攻略に参加する。 1942年8月8日、第一次ソロモン海戦に参加し、アメリカ重巡洋艦アストリア (USS Astoria, CA-34) およびヴィンセンス (USS Vincennes, CA-44) へ打撃を与え、クインシー (USS Quincy, CA-39) およびオーストラリア重巡洋艦キャンベラ (HMAS Canberra) の撃沈に貢献した。この戦闘で加古は損害を被ることはなかったが、帰還中の8月10日に米潜水艦S-44に捕捉される。 07:06にS-44は640mの距離から4本の魚雷を発射、そのうち3本が命中した。1発目は一番砲塔右舷に命中、2発目及び3発目は弾薬庫及び缶室の近くに命中し、35分後に転覆、沈没した。乗員34名が死亡したが、艦長の高橋雄次大佐を始めとする残りの乗員は救助された。同年9月15日に除籍。

[同型艦]
・古鷹

艦 歴
起工 1922年11月17日
進水 1925年4月10日
就役 1926年7月20日
喪失(沈没) 1942年8月10日
除籍 1942年9月15日
建造所 川崎重工業神戸造船所
仕様・諸元
  竣工時 改装後
排水量 基準排水量:7,950 t
公試排水量:9,544 t
基準排水量:8,700 t
公試排水量:10,507 t
全長 185.166 m
全幅 16.55 m 16.926 m
喫水 5.56 m 5.61 m
機関 艦本式缶重油専焼10基、同混焼2基
三菱パーソンズ式オールギアードタービン4基4軸
(102,000馬力)
艦本式重油専焼缶10基
三菱パーソンズ式オールギアードタービン4基4軸(103,390馬力)
最大速 34.6ノット 32.95ノット
航続距離 6,000海里(14ノット航行時) 7,900海里(14ノット航行時)
乗員 627 名 639 名
兵装 ・50口径20cm単装砲 × 6門
・40口径8cm単装高角砲 × 4門
・61cm連装魚雷発射管 × 6基12門
・八年式魚雷 × 24本
・50口径20.3cm連装砲 × 3基6門
・45口径12cm単装高角砲 × 4門
・61cm4連装魚雷発射管 × 2基8門
・九三式魚雷 × 16本
装甲 ・舷側 76mm
・水平 32-35mm
・主砲 25mm
艦載機 1機(カタパルト0基) 2機(カタパルト1基)