雲鷹(大鷹型航空母艦)



 雲鷹(うんよう)は、旧日本海軍の航空母艦。 大鷹型航空母艦のニ番艦である。

 1940年(昭和15年)7月末に竣工した日本郵船所有の新田丸級貨客船2番船八幡丸を、太平洋戦争直前に日本海軍が徴用および買収、空母に改造した艦艇である。  八幡丸の建造費用は政府の優秀船舶建造助成施設の適用を受けており、有事には徴用・改装されることがあらかじめ決められていた。  なお大鷹型航空母艦は小型で速力も20〜22ノット程しか発揮できず、機動部隊としての運用は不可能だったため、太平洋戦争中盤までは航空機輸送任務に従事した。

 八幡丸は1940年(昭和15年)7月31日に貨客船として竣工後、約一年間、商船として運用された。 1941年(昭和16年)11月25日附で特設航空母艦に類別。 呉海軍工廠で空母改造に着手し、1942年(昭和17年)5月末に竣工。  八幡丸の最初の任務は、第二航空隊の零式艦上戦闘機と九九式艦上爆撃機のラバウル輸送であった。 八幡丸は8月31日附で軍艦籍に編入され、特設空母八幡丸から軍艦(航空母艦)雲鷹となった。  大鷹型空母は航空機輸送艦として奔走、雲鷹はトラック島に17回、ラバウル方面2回、東南アジア方面2回の輸送を実施した。  1943年(昭和18年)11月15日に海上護衛総司令部が設立されると、本艦以下大鷹型空母は同部隊に編入される。  1944年(昭和19年)1月19日、雲鷹はアメリカ海軍潜水艦ハダックの魚雷攻撃を受けて大破。 辛うじて横須賀へ帰投後、8月まで修理を実施した。 同年8月24日のヒ73船団護衛が、護衛空母としての初任務になった。  日本からシンガポールへの往路は無事だったが、折り返して日本へ向かうヒ74船団を護衛中の9月17日、南シナ海でアメリカの潜水艦バーブの雷撃で沈没した。

[同型艦]
・大鷹
・冲鷹
艦 歴
起工 1938年12月14日
進水 1939年10月31日
竣役 1940年7月31日(「八幡丸」として竣工)
1942年5月31日空母に改装完了
喪失(沈没) 1944年9月17日
除籍 1944年11月10日
建造所 三菱重工業長崎造船所(客船建造)
呉海軍工廠(空母改造)
仕様・諸元
排水量 基準排水量:17,830 t
満載排水量:21,262 t
全長 180.24 m
全幅 23.70 m
喫水 8.00 m
機関 三菱式水管缶4基 , 三菱ツェリー式タービン2基2軸(25,200hp)
最大速 21ノット
航続距離 8,500浬(18kt航行時)
乗員 747 名
兵装 [改造完成時(八幡丸)]
・12cm単装高角砲 × 6基
・25mm連装機銃 × 4基
[最終時]
・12cm単装高角砲 × 6基
・25mm3連装機銃 × 8基
・25mm連装機銃 × 2基
・25mm単装機銃 × 36挺
・13mm単装機銃 × 10挺
・爆雷投下台または爆雷投射機爆雷10個
搭載機 ・艦上戦闘機 : 9 + 2 機(常用+補用)
・艦上攻撃機 : 14 + 2 機(常用+補用)