MirageW(フランス/ダッソー社)
ミラージュIVは、フランスのダッソー社製の超音速戦略爆撃機である。フランスの核抑止力(Force de Frappe)として最初に戦力化された航空機である。
第二次中東戦争へのアメリカの介入を受け、独自の核戦力が必要であると判断したフランスは、その一環として核爆弾とそれを運用する 爆撃機の開発を、1950年代半ばより開始した。爆撃機の運用構想では、少なくとも半分の行程を高々度超音速巡航で敵の防空網から逃れる ことが求められた。 1959年6月17日、ロラン・グラヴァニが操縦するミラージュW 01が、初飛行に成功し、3日後の6月20日、第23回パリ・エアショー開催中 のル・ブルジェ空港でシャルル・ド・ゴール大統領を含む観客の上空をフライパスしたのが、一般へのデビューとなった。 ミラージュW Aは、ミラージュW 01を拡大することにより燃料搭載量を30%増加させた上で空中給油機からの受油機構を追加した機体に、 スネクマより提案された推力向上型のアター9D(後に9K)エンジンを組み合わせることから設計が開始された。同時に、航法装置及び核爆弾 照準装置の開発も行われることとなった。まず、部分的な改良に留められたミラージュW A 02が1961年10月12日に飛行し、全面的に改良が 反映されたミラージュW A 03と、推力5tのロケット12基によるJATOにも対応した完成型ミラージュW A 04が後に続き、制式化される事と なった。 ミラージュW Aは、核爆弾以外にも通常爆弾(500ポンド爆弾8発)運用が可能であり、1972年以降は、後期の12機はCT-52偵察用カメラ ポッドにも対応していた。CT-52は、低高度/高々度のそれぞれに4機のフィルム式カメラを装備し、赤外線画像の撮影にも対応していた。 戦略爆撃機としては、1966年7月19日にファンガタウファ環礁で行われた核実験で、AN11核爆弾を投下したのみであり、実戦は全て 偵察機としてのものであった。偵察機としては、ミラージュW Pが偵察飛行隊に改編後、イラク(1998年〜2003年)、コソボ(1999年)、 アフガニスタン(2001年)等で運用されている。 全体的な印象は、デルタ翼、胴体両脇のエアインテーク、アター9エンジン(2基)によりミラージュVの拡大型となっている。超音速機で あり、高度などの周辺環境にもよるがマッハ2.2が限界とされている。エンジンの燃費が悪いこともあり、機内には14,000リットルもの燃料 タンクを持ち、更に両翼下に増槽を加えたり、空中給油を受けることも可能となっている。乗員は前後に並んで搭乗し、キャノピーは分割 されている。機首には給油用のプローブが収納されているため、レーダーは機首ではなく胴体下部(左右のエアインテークの間)に収めら れている。両翼にはそれぞれ2本のパイロンがあり、内側には2,500リットルの増槽、外側にはECMポッドやチャフ/フレアディスペンサー などを搭載する。初期に搭載した核爆弾や後に搭載されたCT-52偵察ポッドは、胴体下部のエンジン間に搭載された。ミラージュW Pでは ASMPも胴体に装着された。 |
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仕様・諸元 |
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全長 | 23.49 m |
全幅 | 11.85 m |
全高 | 4.5 m |
空虚重量 | 14,500 kg |
搭載重量 | 31,600 kg |
最大離陸重量 | 33,475 kg |
発動機 | スネクマ アター9K50 × 2 |
最高速度 | M 2.2 |
航続距離 | 4,000 km |
戦闘行動半径 | 1,240 km |
武装 | ・胴体:AN-11またはAN-22核爆弾、CT-52偵察ポッド、ASMP(IV P改造後) ・翼下:増槽、ECMポッド、通常爆弾など6,800kgまで |