ハリアー(イギリス/ホーカー・シドレー社)
ハリアー(Harrier) は、イギリスが開発した世界初の実用垂直離着陸機(V/STOL機)。
原型機の初飛行は1960年。2005年現在、イギリス、アメリカを始め、数ヶ国で戦闘機や攻撃機として運用されている。
第二次世界大戦後、各国は高性能のジェット機に加え、垂直離着陸機(以下、VTOL機)の開発にも着手した。VTOL機はエンジンに垂直離着陸のための機構が 必要なため重量が増し、通常の戦闘機に比べ性能が劣ってしまう。しかし垂直に離陸できるということは、仮に敵に滑走路を破壊されても運用ができるため、 前線での使用が可能である等の利点も多いと考えられた。しかし、実際は垂直排気で巻き上げた砂・ゴミなどをファンが吸い込み、エンジンが故障することも あり、前線での利用にも制約はある。 1940年代から1950年代前半にかけては、機体を真上に向かせて離着陸を行うテイル・シッター方式のVTOL機開発が試みられたが、それらは実用化されなかった。 そのため、1950年代後半から機体は水平のままで離着陸する方式の開発が活発となった。ヨーロッパ各国での開発が特に進んでおり、西ドイツの EWR VJ-101C、 VFW VAK-191B、フランスのミラージュIII-V、イギリスのP.1127、旧ソ連のYak-36 等が開発されていたが、P.1127とYak-36だけが通常の航空機と同様に エンジンを配置して、離着陸時のみノズル(排気の吹き出し口)を動かして推力を真下方向に変更する方式であり、他の機体は離着陸時のみ下に向けて推力を 出すリフトエンジンを別途搭載する方式であった。なお、バランス制御の問題からYak-36が開発中止になった後、後継機Yak-38以後旧ソ連もリフトエンジン方式に 転換したため、推力方向変換エンジン単独によるVTOL機はハリアーシリーズのみとなっている。 リフトエンジンを使用する方式は、実質的にはエンジンを2つ積むことになり重量が増えることから、水平飛行中には無駄な重量物(デッドウェイト)にしかならず 実用性が低く、それらの機種は最終的に実用化されなかった。それに対しP.1127は、画期的な推力偏向式のジェットエンジンであるペガサスエンジンによって こうした問題を起こすことなく、リフトエンジン式に比べて実用性が高いと評価されたのである。P.1127は、1960年10月に初のホバリング飛行が行われ、 1961年3月に水平飛行、同年9月には転換飛行に成功した。 1962年4月に、NATOは垂直離着陸戦闘攻撃機の選定を行った。この際の選定に残ったのがフランスのミラージュIII-V、P.1127の発展型P.1154である。 P.1154は、P.1127のエンジンにアフターバーナー的なシステムを加えた超音速機となる予定のものであった。しかし、イギリス空軍と海軍の機体に対する 要求の違いと、労働党政権による大幅な軍事費削減により、P.1154は1965年2月に開発中止となった。 このような混乱の中でも、少しづつ開発は進められており、1964年3月にはP.1127を改良した実験機ケストレルが初飛行していた。 その後、1965年のP.1154開発中止に伴い、イギリス空軍向けの機体として、ケストレルを実験機ではなく、実用機として開発することとなった。 1964年にイギリス、西ドイツ、アメリカで構成された三ヶ国共同評価飛行隊による具体的な運用までも含めた機体の試験が行われていたことも、 ケストレルの開発を助けていた。最終的にイギリス空軍は、ケストレルの実用型、ハリアーGR.1の発注を行い、GR.1は1966年8月に初飛行を行った。 このGR.1は1968年7月から部隊配備が開始された。しかし、複座型のT.2の初飛行は1969年4月であり、部隊配備は1970年7月であった。 ハリアーはエンジンノズルを4つ装備し、そのエンジンノズルの向きを0度(後方)〜98.5度(真下やや前より)まで変えることによって VTOL を可能とした。 エンジンノズルはやや前方まで向くため低速ながらバックすることもできる。また、ホバリングや極低速時などではラダー、エルロン等の通常の姿勢制御機構が 働かなくなるためエンジンからバイパスしたエア噴出口を翼端などの機体各所に配置している。搭載するエンジンは1基のターボファンエンジンであるが、 通常のそれとは異なりターボファンとターボジェット部は互いに逆回転している。これはエンジン回転から生じるジャイロ効果を相殺減少し、VTOL時や ホバリング時の姿勢安定を高めるためである。ターボファンから圧縮空気が前方ノズルへ、ターボジェットから排気ガスが後方ノズルへ噴出される。 従って、その操縦方法は他の固定翼とは全く異なり、操縦訓練において訓練生は回転翼機の操縦方法を並行して学習しなければならない。 手動で姿勢制御するため常にボタン30個を操作しなければならない。こうした操縦の複雑さのため、1971年から45人が操縦ミスで死亡しているが、 これは戦闘での死亡者より多い。 ハリアーはエンジン冷却水(脱イオン水)を搭載している。これは、高出力時、具体的には垂直離着陸時にエンジンがオーバーヒートするのを防ぐ役割が あるが、冷却水容器の容量は、最大でも約90秒分の噴射量に相当する量をまかなう程度しかない。こうした制約のため、ホバリングによる空中停止は 不可能ではないものの、約60秒程度に制限されている(それ以上はオーバーヒートによる損傷の危険がある)。もちろん、こうした冷却水の搭載も限られた 搭載容量を割かなければならず、実際の運用では90秒相当分が積まれることはまずない。 ただし、この時間制限は非常にシビアな使用環境を想定したものであり、 現実的な環境ではもう少し使用時間は延び、実際、エアショーなどでは5分程度のホバリングが演技されている。 VTOL機は理論上は滑走路を必要としないが、 ハリアーは実運用上、着陸のみ垂直で行い、離陸は通常の固定翼機と同じく滑走して行う。これは、@垂直での離陸はエンジンの推力のみで上昇するため非常に 燃料効率が悪い A離陸時は燃料や武装の重量も加わる為に推力が不足する B徐々に推力を絞る着陸と違い離陸時は地上から推力を上げるために周囲へ危険を 及ぼす Cそれによる機体の不安定化などがあるためである。とはいえ、結果としてSTOVL(Short Take Off and Vertical Landing 短距離離陸・垂直着陸)による 運用は、離陸重量の制約を、垂直離陸に比べ大きく緩和することに役立っていることから、充分に正当化されうるものであるといえよう。 なお、垂直に噴射した圧縮空気と排気ガスを地面に反射させて翼にあてるため、多少推力より機体重量が重くなっても一応は垂直離陸ができる(ハリアーII+のみ)。 なお、ハリアーはV/STOLはできるが、CTOL(通常離着陸)は降着装置や車輪ブレーキがSTOL用に設計された物なので適していない。 VTOL機としての特性上、垂直離着陸によって、しばしば最前線の不整地からでも運用可能であるかのように喧伝されることがあるが、これはやや誤解を招くものと 言わざるを得ない。上記のような問題点もさりながら、実際に不整地で高圧かつ高速のジェット排気を地面に吹き付ければ、土砂や粉塵を大量に巻き上げ、 周囲に危害を及ぼすだけでなく、機体や(ゴミを吸い込むことによる)エンジンの損傷などが生じてしまう。これらの問題を解決して、実際に最前線での 垂直離着陸による運用を図ろうとするのであれば、相当の負担にならざるを得ない。そのような前線の簡易飛行場の整備に用いられる簡易パネル敷設式の 滑走路では、ハリアーのエンジンの排気熱に耐え切れずに損傷する場合があるだけでなく、ジェット排気の漏出封止が充分に図れないため、 土砂や粉塵だけでなくパネル自体を巻き上げてしまうなどの問題が確認されている。 |
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仕様・諸元(ハリアー GR.1) |
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全長 | 13.90 m |
全幅 | 7.70 m |
全高 | 3.45 m |
空虚重量 | 5,530 kg |
発動機 | ロールスロイス社製 (ペガサス10) 推力偏向ターボファン・エンジン |
最高速度 | 1,185 km/h |
航続距離 | 2,580 km |
武装 | ・30mm機関銃 ×1 ・AIM-9 サイドワインダー、AIM-120(AV-8B+に搭載可)、AGM-65 マーヴェリックなど |